田原坂の激しい戦いが博愛社を誕生させました。

ゆえに、田原坂及びその周辺地域が日赤発祥の地と言われています。

                       正念寺所蔵錦絵(玉東町木葉)

1877(明治10)年4月6日に明治政府に提出された博愛社創立請願書、日本赤十字社が編纂した『日本赤十字社発達史』及び『日本赤十字社社史稿』には、田原坂周辺地域の悲惨な状況が記載され、博愛社創業のことが説明されています。

また、博愛社創業の許可の命令が下された記念すべき建物である熊本洋学校教師館ジェーンズ邸も、日本赤十字社発祥の地として伝えられています。

               熊本地震前の記念館(撮影:tetsu.kajiyama)

熊本鎮台による西南戦争での籠城戦で、天守閣や各櫓等の火災や薩摩軍の攻撃から奇跡的に残った熊本洋学校教師ジェーンズ邸が、1877(明治10)年4月17から征討総督本営となりました。

同年5月1日、ここに元老院議官佐野常民が訪れ、征討総督有栖川宮熾仁親王殿下から博愛社創立許可の命令が下され、この建物を中心として熾仁親王のもとで博愛社が創業されていきました。

ゆえに、田原坂及びその周辺地域と同様に、熊本洋学校教師ジェーンズ邸も日本赤十字発祥の地と言われています。

このブログでは、日本赤十字社の前身である博愛社の創業について、徹底的に解説していきまので、末永いご愛読をよろしくお願いいたします。

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